会社設立50年以上、前身である米穀商から数えると100年以上の歴史があります。その間、会社は時代のニーズに合わせて発展してきました。そして、今後ますます発展させていかなければなりません。そのためには、変わらなければいけないことがたくさんあります。かつては、変化することはリスクを伴うと言われていました。今までやってきたことを変えることは、大変な苦痛が伴います。しかし現在のように、世の中が急激に変化している中では、変わらないことの方がむしろリスクが高いといえます。ですから、変化を恐れず、新しいことに取り組んでいきたいと考えております。
短期的には、商品開発力、企画・提案力、販売力強化を目指します。そして、自社商品のブランド化を目指していきます。自社ブランド商品を持ち、それをいかした商品開発、加工品、ギフト商品、また通販などを行なっていくなど、さまざまなことに挑戦していきます。さらには、既存の販売チャンネルに固執することなく新たな販売チャネルも開拓していきます。
食に関するあらゆる商品、サービスや情報を提供することにより、お客様の喜びに貢献していきます。また、お客様に喜んでいただくためには、社員が喜び満足して仕事をしなければいけません。社員がワクワクして仕事をしてこそ、お客様に喜んでいただけるのです。ですから、そのような環境が提供できる会社を目指していきます。
代表取締役 上野 実
事業内容 |
食品をメインに扱う商社 |
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本社郵便番号 |
501-6123 |
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本社所在地 |
岐阜県岐阜市柳津町流通センター1-7-1 |
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本社電話番号 |
058-279-4510 |
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創業 |
1866年 |
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設立 |
1955年 |
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資本金 |
6,000万円 |
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従業員 |
71名 |
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売上高 |
51億2,700万円(2005年9月実績) |
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事業所 |
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明治42年 |
前会長、竹村嘉三郎が先代からの米殻商を引継ぎ、竹村商店の営業を開始する。 |
昭和25年 |
米殻から飼料に取扱商品を変更し、飼料店となる。 |
昭和30年 |
法人成 株式会社竹村商店を設立。資本金70万円 |
昭和39年 |
岐阜食鶏販売株式会社を設立 ブロイラーの処理販売を開始。資本金200万円 |
昭和42年 |
岐阜チクサン飼料株式会社を設立 日清飼料株式会社の岐阜県代理店となる。資本金600万円 |
昭和44年 |
株式会社竹村商店・岐阜食鶏販売株式会社・岐阜チクサン飼料株式会社の3社を合併し、現在のタケムラ商事株式会社に商号を変更し、畜産総合商社として新発足する。資本金合計1,960万円 |
昭和46年 |
岐阜市中央卸売市場内に、食品卸売店舗「茜部市場店」を開設。 |
昭和52年 |
資本金を増額 資本金合計6,000万円となる。 |
昭和57年 |
愛知県中島郡祖父江町の株式会社ヨシヅヤ内に、食品直売店舗「祖父江店」を開設。羽島郡柳津町流通センター(通称 岐阜県柳津流通業務団地)内に食品卸営業所および直販本部を新築移転。 |
昭和59年 |
岐阜市茜部新所に、食鶏、食肉の加工センターを設置し、加工品の製造をはじめ、直販本部を柳津から移す。 |
昭和60年 |
鶏卵作業場の大改装。生協用「食肉パックセンター」を岐阜市茜部に新設し生協納入基地とする。 |
昭和61年 |
羽島郡柳津町流通センターの食品営業所横に、用地取得(320坪)。将来の拡張に備える。直営店「長良店」を改装オープンする。 |
平成 2年 |
岐阜中央飼料株式会社を吸収する。 |
平成 3年 |
食品部長良パックセンターを開設し、パック納品の事業を本格的に開始。直販部第2パックセンターを開設(生協納入の施設完成。) |
平成 6年 |
飼料、鶏卵事業を食品営業事業に整備改組する。 |
平成 8年 |
中国との鶏肉諭入業務に本格的に参入する。 |
平成10年 |
株式会社奥三河どりと国産ブロイラーの販売について業務提携し小牧事業所を置く。 |
平成11年 |
食品営業所プラットホームのドッグシェルターを大改装する。 |
| 平成13年 | 本社機能を羽島郡柳津町流通センター内にある事務センターに移転する。 |
| 平成15年 | 岐阜市茜部新所の第1、第2パックセンターを統合して羽島郡柳津町高桑3301に柳津パックセンターを新設する。 |
| 平成17年 | 事務センターと食品営業所を統合して本社機能を移す。 |
| 平成18年 | 岐阜市長良138から岐阜市柳津町流通センター1丁目7−1に本社所在地を移転登記する。 |